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名古屋高等裁判所 昭和30年(ネ)102号 判決 1956年4月17日

控訴人兼被控訴人(第一審原告反訴被告) 浅井美奈

被控訴人兼控訴人(第一審被告反訴原告) 堀部真一 外九名

被控訴人 石田重雄

主文

第一、本訴につき。

一、原判決中第一審被告堀部真一、同長谷川軍二、同富田要吉、同川西六雄、同所義男、同貝瀬利一に関する部分を次のとおり変更する。

第一審原告に対し、

1、第一審被告堀部真一は、別紙<省略>目録(一)の建物を収去してその敷地約九坪を明渡し、且つ昭和二十八年三月七日以降昭和三十年五月六日迄一ケ月金千円の割合による金員及び昭和三十年五月七日以降右土地明渡に至る迄一ケ月金三百六十円の割合による金員を支払え。

2、第一審被告長谷川軍二は、別紙目録(二)の建物を収去してその敷地約八坪を明渡し且つ昭和二十八年三月七日以降昭和三十年四月二日迄一ケ月金千円の割合による金員及び昭和三十年四月三日以降右土地明渡完了に至る迄一ケ月金三百二十円の割合による金員を支払え。

3、第一審被告富田要吉の受継者富田たつの、富田吉徳、加藤美枝子、富田武信、富田貞江は別紙目録(三)の建物を収去してその敷地を約七坪明渡し、且つ昭和二十八年三月七日以降昭和三十年四月二日迄一ケ月富田たつのは金三百三十三円、富田吉徳、加藤美枝子、富田武信、富田貞江は各自金百六十六円宛の割合による金員及び昭和三十年四月三日以降右土地明渡完了に至る迄一ケ月富田たつのは金九十三円、富田吉徳、加藤美枝子、富田武信、富田貞江は各自金四十六円宛の割合による金員を支払え。

4、第一審被告川西六雄は別紙目録(四)の建物を収去してその敷地約八坪を明渡し且つ昭和二十八年三月七日以降昭和三十年四月二日迄一ケ月金千円の割合による金員及び昭和三十年四月三日以降右土地明渡完了に至る迄一ケ月金三百二十円の割合による金員を支払え。

5、第一審被告所義雄は別紙目録(六)の建物を収去してその敷地約八坪を明渡し且つ昭和二十八年三月七日以降昭和三十年五月六日迄一ケ月金千円の割合による金員及び昭和三十年五月七日以降右土地明渡完了に至る迄一ケ月金三百二十円の割合による金員を支払え。

6、第一審被告貝瀬利一は別紙目録(七)の建物を収去してその敷地約十二坪を明渡し、且つ昭和二十八年三月七日以降昭和三十年四月二日迄一ケ月金六百四十円の割合による金員及び昭和三十年四月三日以降右土地明渡完了に至る迄一ケ月金四百八十円の割合による金員を支払え。

二、第一審原告の被控訴人石田重雄に対する本件控訴を棄却する。

第二、反訴につき。

1、第一審原告の控訴を棄却する。

2、第一審被告(反訴原告)等の控訴を棄却する。

第三、訴訟費用は本訴につき第一、二審を通じ、第一審において被控訴人石田重雄が負担を命ぜられた分を除いた分を八分しその一を第一審原告の負担とし、その余を第一審被告等の負担とし、反訴に関する控訴費用は第一審被告等の負担とする。

第四、この判決中主文第一の一に限り第一審原告において各自金十五万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

第一審原告代理人は本訴につき「原判決中第一審原告敗訴の部分を取消す。被控訴人石田重雄に対する部分を除き主文第一の一記載と同旨の判決、被控訴人石田重雄に対しては第一審原告に対し別紙目録(五)の建物を収去してその敷地約十七坪を明渡し、且つ昭和二十八年三月七日以降昭和三十年五月六日迄一ケ月金千円の割合による金員及び昭和三十年五月七日以降右土地明渡完了に至る迄一ケ月金六百八十円(坪当り金四十円、十七坪分)の割合による金員を支払え」との判決、反訴につき「原判決中第一審反訴被告敗訴の部分を取消す。反訴原告の請求を棄却する」訴訟費用は本訴及び反訴を通じ第一、二審共第一審被告並びに被控訴人の負担とする。との判決を求め、本訴につき仮執行の宣言を求め、第一審被告の控訴につき「控訴棄却」の判決を求めた。

第一審被告代理人は反訴につき、「第一審反訴原告敗訴の部分を取消す。第一審原告は第一審被告に対し、名古屋市西区上名古屋町字西内江二十五番地宅地百二十三坪、同所二十六番地宅地百三十一坪両地の換地予定地である名古屋市西区上名古屋町一丁目六十番地宅地百四十六坪九合二勺の土地につき賃貸借期間の定めなく一ケ月当り賃料金二万八千八百円の建物の所有を目的とする借地権のあることを確認する。第一審原告において名古屋市より直接右仮指定地の引渡を受けたときは遅滞なく之を第一審被告等に対し引渡さなければならない。若し右共同借地権の存在が認められないときは第一審原告は第一審被告堀部真一に対し別紙目録(一)記載の建物が存在する換地予定地約九坪の部分、第一審被告長谷川軍二に対し別紙目録(二)記載の建物が存在する換地予定地約八坪の部分、第一審被告富田要吉の受継者富田たつの、富田吉徳、加藤美枝子、富田武信、富田貞江に対し別紙目録(三)記載の建物が存在する換地予定地約七坪の部分、第一審被告川西六雄に対し別紙目録(四)記載の建物が存在する換地予定地約八坪の部分、第一審被告所義男に対し別紙目録(六)記載の建物が存在する換地予定地約八坪の部分、第一審被告貝瀬利一に対し別紙目録(七)記載の建物が存在する換地予定地約十二坪の部分、について各別に借地期間の定めなく一ケ月の賃料が各自金三百円で建物の所有を目的とする借地権(借地契約)の存することを確認する。第一審原告において若し名古屋市より直接前記仮指定地の引渡を受けたときは之を右各第一審被告に夫々引渡さなければならない。訴訟費用は第一審原告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、第一審被告並びに被控訴人代理人は、第一審原告の本訴並びに反訴に対する控訴につき「控訴棄却」の裁判を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、第一審原告代理人において、第一審原告は本訴請求が第一審に繋属中名古屋市の都市計画が進捗し道路拡張にまぎれて第一審被告並びに被控訴人石田重雄及水野重義等が本件旧地及換地予定地の一部に新に建物を建築又は従来の建物を改造する虞があつたので明渡判決執行保全のため土地建物につき現状保持の仮処分を申請し、名古屋地方裁判所昭和二十八年(ヨ)第八二四号事件として第一審被告並びに被控訴人石田重雄等に対し各占有する土地建物の占有を解き申請人の委任する名古屋地方裁判所執行吏をしてこれを保管せしめる(但し執行吏は現状を変更しないことを条件として被申請人等の使用を許するこができる。)被申請人等は右物件を他人に移転したり同地上に建築工事又は既設地上建物につき増築をしてはならない旨の仮処分を得た上執行を委任し、同年十一月十三日名古屋地方裁判所執行吏代理中根均平により同仮処分の執行をなし、その旨公示をなした。然るに、第一審被告並びに被控訴人石田重雄等は道路拡張工事が進捗するや右仮処分の標示を無効ならしめ実力行使により換地予定地を使用せんことを共謀し、昭和三十年四月二日頃長谷川軍二、富田武信(富田要吉の相続人)、川西六雄、貝瀬利一の四名が、次で同年五月六日頃堀部真一、石田重雄、所義男の三名が夫々次の如く移築改造工事を強行して現状の如く換地予定地上に弁天通りに面する土地全部に店舗を完成した。即ち堀部真一の旧来の店舗が道路にかかり長谷川軍二の東隣りの水野重義が道路拡張と同時に無条件退去を決意して同人の従来の店舗跡が空地になつたところから、堀部真一は従前の長谷川軍二の店舗跡の換地予定地上に従前の自己所有の建物を取毀つて別紙目録(一)の木造瓦葺平家建店舗建坪約九坪を新築し、長谷川軍二は水野重義の従前の店舗跡の換地予定地上に別紙目録(二)の木造瓦葺並びにトタン葺平家建店舗建坪八坪を新築し、富田要吉の受継者富田武信は従前の店舗の南側庇を取毀ち別紙目録(三)記載の如く建坪約七坪に改築し川西六雄は従前の店舗の南側屋根をバネツト式となし高さを従前より約九尺高く別紙目録(四)記載の如く建坪約八坪に増改築し、石田重雄は第一審原告の施設した板塀を勝手に取毀ち換地予定地上に道路敷地上にあつた従前の店舗を移動して別紙目録(五)記載の如く建坪約十七坪に改造し、所義雄は約二坪の小屋を西向から南向に移動し表側屋根を高さ約一間以上のバネツト式にして別紙目録(六)記載の如く建坪八坪に改築し、貝瀬利一は従前の差掛けを取毀ち空地二坪を利用して別紙目録(七)記載の如く建坪十二坪に改築した。

而して被控訴人石田重雄は、仮に建物保護法の適用を受け後藤佐吉に対する借地権をもつて爾後に所有権を取得した第一審原告に対抗できるとしても石田は前記の如く仮処分に違背して封印破毀を敢行し暴力をもつて第一審原告の板塀を取毀つ等の背信行為をなし、信頼関係を基礎とする賃貸借を継続し得ない事情があるから本訴をもつて右賃貸借契約を解除する。よつて同被控訴人は本件土地を同地上の建物を収去して明渡さねばならず、従つて同人の反訴請求も失当である。

右の次第で本訴請求を当審において次の如く変更する。

即ち、第一審被告及び被控訴人石田重雄が旧地約二十五坪(但し貝瀬利一は約十六坪)を不法に占有した本件訴状送達の翌日たる昭和二十八年三月七日以降第一審被告長谷川軍二、富田要吉の受継者、川西六雄、貝瀬利一については昭和三十年四月二日迄、堀部真一、石田重雄、所義雄については昭和三十年五月六日迄賃料相当の損害額一ケ月金千円(但し貝瀬利一については金六百六十円、富田要吉の受継者についてはその相続分に応じ富田たつのは金三百三十三円富田吉徳、加藤美枝子、富田武信、富田貞江は各自金百六十六円)の割合による損害金の支払を求め、且つ同人等が換地予定地上に別紙目録記載の如く新築又は改造した建物を収去して各その敷地を明渡し、これを不法に占拠するに至つた長谷川軍二、富田要吉の受継者、川西六雄、貝瀬利一については昭和三十年四月三日以降、堀部真一、石田重雄、所義雄は同年五月七日以降各明渡完了に至る迄一ケ月一坪金四十円の割合による同敷地の坪数に相当する損害金(富田要吉の受継者はその相続分により富田たつのは金九十三円、富田吉徳、加藤美枝子、富田武信、富田貞江は各自金四十六円)の支払を求める。

なお、第一審原告が換地予定地指定通知を受けたことにより当然旧地の使用収益を禁ぜられたものでなく、予定地上の建物、工作物が徹去されてその使用開始の時期まで旧地を使用収益し得べきであり本件予定地上には他人の建物が存在し使用出来ない状態であつたから旧地の使用収益が禁止されている筈もないし、指定後においても旧地を使用し得ることは特別都市計画法第十四条第三項に照しても明瞭である。少くとも第一審被告並びに被控訴人石田重雄等が旧地から予定地に建物を移動して予定地の使用を開始した前記の日時迄は第一審原告に旧地の使用収益権があつた。

第一審被告並びに被控訴人代理人は換地予定地につき九分の二(貝瀬利一より一部譲渡を受けた分と第一審被告水野重義が明渡した分)を第一審原告が使用し得べきに拘らず敢て全部の明渡を求め生活の根拠を失はしめることは権利の濫用として許されないと抗争するが同人等は前記の如く現状変更禁止の仮処分を冒して換地予定地の弁天通りに面した商店に適する部分全部に店舗を新築、改造して堂々と営業をしている状態で、第一審原告が店舗を建築すべき余地がなくなり止むなく商売に不向な場所にある自宅を改造して細々と眼鏡商を続けている有様である。第一審原告こそこのために生活の本拠を失つたので換地明渡の要求が如何に切実であるか。自己店舗を建築する必要性から明渡を求める本件請求は、絶対に権利の濫用ではない。と附演した。

第一審被告並に被控訴人代理人において、第一審原告が主張の土地を換地予定地として使用を許され、第一審被告並びに被控訴人石田重雄等が同地上に主張の建坪を有する建物を増改築して占有していること及びその敷地の賃料が一ケ月坪当り金四十円以上なることは認める。しかしながら第一審原告は換地予定地につき第一審被告水野重義が任意に明渡した分と合せて九分の二を使用し得る筈である。即ち、第一審被告並びに被控訴人石田重雄は換地につき各自十六坪三合二勺を使用し得るに対し第一審原告は三十二坪六合四勺を使用し得ることになつたので同人が買受けた当初の予定以上を利用し得る結果となつた。従つて第一審被告並びに被控訴人石田重雄に対し全部の明渡しを求める必要がないに拘らず単なる利己の立場からこれを強行し、同人等の長年の努力と苦心を一切無に帰せしめその家族と共に数十名の生活の根拠を一挙に奪うが如きは権利の濫用として許されないものである。被控訴人石田重雄の答弁として、同人は換地予定地についても建物保護法によつて借地権を対抗し得るものであるがその使用に不安を感じ反訴を提起すると同時に第一審原告を相手方として換地予定地につき使用を妨害してはならない旨の仮処分申請をなしその旨の決定を得、名古屋市の建物収去命令に従つて止むを得ず予定地上に改築したもので、積極的の悪意に出たものでないから右の改築は大して責むべき事柄ではない。これを理由に賃貸借契約を解除するのは明かに権利の濫用で無効である。この現状変更(改築)は同人にとつて是非共必要な生活上の要求であるが、第一審原告にとつては勝訴後の執行に殆んど問題にならぬ変更で極めて貧弱なバラツク建であるからこれが収去取毀ちに数時間以上を要しないものである。これを原因とする契約の解除は失当であると述べた。

右の外は原判決の事実摘示と同一であるからここに引用する。<立証省略>

第一審原告代理人は本訴並びに民訴につき、第一審被告富田要吉の死亡を理由としてその相続人富田たつの、富田吉徳、加藤美枝子、富田武信、富田貞江に対し訴訟手続受継の申立をなし、第一審被告代理人は受継申立に異議がないと述べた。

理由

第一審原告代理人の訴訟手続受継の申立について調査するに、第一審被告富田要吉は昭和二十九年六月二十二日死亡し、その妻たつの、長女加藤美枝子、三男武信、三女貞江、二男亡正典の長男吉徳等がこれを相続したことが明らかであるから、同人等において本件訴訟手続を受け継ぐべきものとする。

よつて本訴につき審按する。第一審原告が昭和二十八年二月十六日名古屋市西区上名古屋町字西内江二十五番地宅地百二十三坪、同所二十六番地宅地百三十一坪を訴外後藤佐吉より買受け所有権移転登記を経由したこと、これより先第一審被告(内富田要吉については特に受継者名を表示しない限り同人を指す。)並びに被控訴人等が右訴外人より同地を賃料坪当り月金一円、賃借期間の定めなく建物所有の目的をもつて賃借し、右二十五番地上に西より堀部真一、長谷川軍二、水野重義、富田要吉、二十六番地上に(二十五番地と接続した土地)接続して川西六雄、石田重雄、所義雄、貝瀬利一の順に道路に面して商店街として店舗兼住宅を建築所有していたが、右八名が共同して右土地全部を一個の賃貸借契約をもつて借受けたものでなく、各自が順次借受けた後八名において土地を八等分し一人当り約二十五坪とし、その地上に各々建物を建築し賃料は各自均分に負担しこれを便宜上一括して後藤方に納入していたが、その最終の賃料が一人当り一ケ月金三百円であつたこと、そして貝瀬利一は昭和二十三年十二月頃第一審原告に対し自宅の東側差降し部分約六坪を譲渡したので以後残余の部分の敷地を占有しこれに相当する賃料を支払つて来たこと、被控訴人石田重雄はその所有家屋につき昭和二十七年四月十七日保存登記を経由し、同登記は適法であり、従つて建物保護法によつて爾後の所有権取得者たる第一審原告に対抗し得ること並びにその賃貸借は一時使用を目的とするものでなく借地法の適用によつて賃貸期間は三十年とすべきもので、第一審原告の本訴による賃貸借契約の解約申入れはその効力を生じなこと、右石田の建物保存登記をもつて残余の賃借人の占有部分の賃借権は対抗できないこと、及び右賃借地が名古屋市の特別都市計画事業施行区域に編入され、その一部が道路敷地にかかり名古屋市より昭和二十八年十二月二十一日第一審原告宛に換地予定地として従前の土地の約七間北方(従前の土地の一部は換地に含まれて残存する)の名古屋市西区上名古屋町一丁目六十審地宅地百四十六坪九合二勺(名古屋西第四工区4…17(6) )と指定されたこと等については原判決の理由と同一に判断するのでここに同関係部分を引用する。

当審の検証の結果に成立に争ない甲第二十号証の一乃至七を綜合すると、名古屋市の道路拡張工事に伴い第一審被告(但し富田要吉の関係においてはその受継者富田武信)並びに被控訴人石田重義が右換地上に道路に面する部分全部に、西より堀部真一は旧長谷川軍二の借地上に、長谷川軍二は旧水野重義の借地上に、富田武信は旧富田要吉の借地上に、川西六雄、石田重雄、所義男、貝瀬利一はいずれも自己の旧借地上に接続して、換地による減歩と水野重義の立退跡を利用し、これを除いた外従前の建物を相似的に縮少した敷地上に店舗兼住宅を新築し、弁天通りの繁華街に面する商店に適する換地の全部を占拠した。これがために第一審原告は換地上に自己の店舗を新築する余地がなくなつたので裏通りに面する従来の住宅を改造して現在眼鏡商を営んでいる事実が認められる。而して同換地上の右建物の形体が第一審原告代理人主張のとおりであり、その敷地の坪数がその主張のとおりであることは当事者間に争ないところである。同人等が右建物を新築或は改造して換地を占拠した日時については明認すべき資料がなく、前掲証拠に徴すると少くとも長谷川軍二、富田武信、川西六雄、貝瀬利一は昭和三十年四月七日以前からであり、堀部真一、石田重雄、所義男は同年五月十六日以前からであることは明瞭である。しかしながらその占拠開始の日については同人等において明らかに争わず弁論の全趣旨からも争う事跡が見られないから、第一審原告代理人主張の占拠開始の日を自認したものと謂うべきである。即ち長谷川軍二、富田武信、川西六雄、貝瀬利一は同年四月三日以降、堀部真一、石田重雄、所義男は同年五月七日以降占拠しているものとする。

そこで第一審被告等に対する明渡請求について考察するに、第一審被告代理人は、第一審原告が本件土地を訴外後藤佐吉から買受けるに当り同人等の賃借権を承認し前主の賃貸人たる地位を承継することを条件として所有権の移転を受けたと抗争するけれども、これを認むるに足る証拠がない。却つて原審証人後藤佐吉の証言によれば賃貸人たる地位を承継することを条件としたものでないことが認められる。たゞ同人から共存共栄の立場でお互に仲良く商売が出来るように将来の換地は九等分して使用して欲しいと希望した事実は窺うに難くないが、これのみでは賃貸人たる地位を承認することを条件とした資料となすには足りず、譲渡人の希望的意見に止り買受人たる第一審原告がこれを承諾した事跡は何処にも見られない。第一審原告が所有権を取得した後借地人から賃料の受領を拒否している点に鑑みれば借地権を承認していないことが一層明瞭である。また売値を更地より格安にした事実は認められるけれども、他人所有の建物が現存する以上収去その他に多額の経費を要する関係で更地より相当減額するのは経済法則に照し自明であるからこれ亦賃借権を承継した資料となすに足りない。

進んで第一審被告代理人主張の新所有者が前所有者の賃借権を承継しないで第一審被告等に対し明渡を求めるのは権利濫用であるとの論点について考察しよう。

権利濫用とは、権利者にさしたる利益がないのに相手方に過大な損害を招来するが如き場合又はその行使が公共の福祉に反するが如き場合等権利行使に名を藉りて信義の法則に反し又は社会の秩序を混乱するが如き場合を指称し、権利者の利益と相手方の損害額との比較衡量とか相手方の蒙る損害が過大であるとかの観点だけからこれを軽々に適用すべきものではないと解する。

何となれば、権利の行使には反面相手方に義務の認容を強いる結果、当然に痛苦、損害が伴うべきは免れ難いところであり、若し相手方との損害額の衡量とか相手方の蒙るべき損害が過大であることだけを考慮して権利行使は許されずとなさんか、権利あつて無きに等しいことに帰するからである。特に所有権について自由経済主義を前提とする限り右の観点から極度にこれを制限するときは所有権を否認すると同様の結果を招来するであろう。

本件についてこれを観るに、第一審原告は弁天通りの繁華街に面する商店街に貝瀬利一より店舗の一部を譲受けて眼鏡商を経営していたところ、名古屋市の都市計画による道路拡張のため換地が予定され、他の借地人八名は第一審原告の参加を拒否して八栄会なるものを作り換地上の借地利用について協議をなし、第一審原告は弁天通りに面して店舗を持ち得ない形勢となつた。それで同人は止むなく自己の借地部分のみでも買受けて換地上の権利を確保しようとしたところ、土地所有者は分割譲渡を肯じないので全部を一括して譲受けたのである。譲受けた目的は八栄会に妨害されずに弁天通りに面して店舗を新築することに外ならない。それにも拘らず他の八名の借地人等は第一審原告を除外して換地上に店舗を新築又は改造するおそれがあつたので、第一審原告は同人等を相手方として現状変更禁止の仮処分を得、これを執行したのに同人等は強引にも換地上の商店街に適する全部の部分に店舗兼住宅を新築改造し第一審原告が同所に店舗を新築する余地をなくしてしまつた。第一審被告並びに被控訴人石田重雄代理人は換地上に第一審被告水野重義が明渡した分を含めて換地の内九分の二を使用し得る筈であるというけれども水野の借地上には長谷川軍二の店舗が新築され旧地から水野の分を除いて相似的に換地上の弁天通りに面し接続して同人等の店舗を新築、改造したので残された部分は商店に適せぬ裏側のみであつて、右の言い分は虫がよすぎるものである。

そうだとすれば第一審被告等は所有者第一審原告と互譲調協してこそ始めて活路があるべきに、事ここに出でず所有者の店舗建築の希望を踏みにじつて右の如くに及んだ所為は言語同断というの外なく、その不信は同人等の側にある。

弁天通りに店舗を新築する目的で所有権を取得した第一審原告が右の情勢下においてその所有権に基いて不信の第一審被告等に対し土地の明渡を求めるは当然であつて何等信義の法則に反せず法秩序を紊すものでもないからこれを権利濫用として排斥することは許されないものとする。

勿論第一審被告等は明渡すことにより多年築いた地盤を失い過大の損害を蒙るであろうことは同情に値するが、法の保護を求めざる者として所有権との対抗上已むを得ないというべきである。この損害に同情するの余り第一審原告の権利行使を権利濫用として排斥するのは適当でない。

然らば第一審被告等の旧地並びに換地予定地の占拠は第一審原告に対抗し得ず不法占拠となるから、同人等は夫々第一審原告に対し同地上の別紙目録記載の建物を収去してその敷地を明渡さなければならないことになる。

次に被控訴人石田重雄に対する本訴明渡請求について按ずるに、同人の所有建物には適法な保存登記が存するので前主との賃借権(旧地並に換地予定地につき)が第一審原告に対抗し得べく、第一審原告の同被控訴人に対する賃貸借契約の解約申入れが許されないことは前叙のとおりである。そこで第一審原告代理人の本訴による賃貸借契約解除の意思表示について考察する。成程同被控訴人には換地上に建物を移築改造するについて行き過ぎがあつたことは前示のとおりであり、第一審原告が感情的に尖鋭化したのは無理からぬところもある。しかし、賃貸人が一方的に賃貸借契約を解除するには、賃借人に賃貸借契約を継続し得ない程度の信頼関係を危くする背信行為或は義務違反が存することを要し、賃貸人の感情のみをもつて契約を解除することは許されないものとする。本件の場合、両者が旧地、換地に対する借地権をめぐつて抗争を続け、被控訴人は第一審において勝訴判決を受け借地権を有することに確信を得た矢先、名古屋市より旧地使用部分の建物収去を命ぜられたので、第一審原告を相手方として換地の使用収益を妨害してはならないとの仮処分を執行して換地上に建物を移築改造したものである。この移築によつて第一審原告の現状変更禁止に関する仮処分に反したことにはなるけれども、相互の権利接触の結果であつて平穏時には見られない現象であるから、未だ契約関係を破壊すべき背信行為又は義務違反があるとはなし得ない。従つて右は全く賃貸人の感情に基く解除権の行使であつて適法なものでなく同意思表示はその効力を有しないものと言うべきである。

ここに附加すべきは、被控訴人石田重雄が換地上のどの部分に、何坪について借地権を有するかの点である。同被控訴人は旧地上の建物敷地約二十五坪について新所有権者に対抗し得る賃借権を有していたところ、前認定の如く同人は自己の賃借地の一部が残存している換地予定地上(旧借地と換地予定地とは重なり合う部分がある)にそのまゝ建物を移動し、現在換地予定地上約十七坪を占拠するものであつて、旧借地と比較して格別の異同がなく、換地予定地全般から見ても場所的、坪数において旧借地当時より特別の利益を得たとも見られないから、同場所に賃借権を認めても差支がないばかりでなく、第一審原告代理人は同被控訴人が現在換地予定地上に占拠する場所並びに坪数について争わない以上、同被控訴人は現在換地予定地上に建物を所有して占拠している約十七坪について借地権を有すると認めるを妥当とする。

而して旧地と換地予定地とは同一体と見るべく、その地上の建物も移築改造の程度では同一性に影響がないから何れも法律上新旧同一に取扱うべく、従つて第一審原告代理人が当審において請求の趣旨を換地予定地上に移築改造した建物の収去、同土地明渡に変更するは請求の基礎に変更なきものとする。

然らば、第一審原告に対し旧、新地につき、第一審被告等の賃借権は対抗し得ず、被控訴人石田重雄はこれを対抗し得るところであるから第一審被告等に対する建物を収去して土地明渡を求むる部分は正当としてこれを認容すべく、被控訴人石田重雄に対する同明渡の点は失当というべきである。

よつて進んで第一審原告代理人主張の損害金の請求について審按する。この点に関する当事者双方の唯一の争点は、旧地を不法占拠した終期が名古屋市より換地予定指定地通知を受けた昭和二十八年十二月二十一日とすべきか又は現実に建物を換地予定地に移動した昭和三十年四月二日又は同年五月六日とすべきかにある。

特別都市計画法第十四条第一項によれば、換地予定地の指定通知を受けたときは土地の所有者及び関係者は従前の土地についてはその使用収益をなすことができない旨の規定があるが、従前の土地に建物が存し生活関係が生じている限りこの原則をそのまゝ適用し得ないのは理の当然である。されば同法第三項においてその例外を認め特別の事情があるときは換地予定地の使用開始の日を別に定め従前の土地の使用を許すことにしてある。本件の場合成立に争ない甲第十一号証の二によれば、換地予定地指定通知書三の(一)において「従前の土地の区域で……道路予定地となつた区域の使用禁止については別に建物その他の工作物の移転又は撤去につき協議により若しくは命令によつて定められた移転又は撤去完了の日を使用禁止の日と致します」と記載されている点に鑑みれば、同条第三項の規定に則り協議若しくは命令によつて同地上の建物を移転又は撤去完了の日まで従前の土地を使用収益し得べきことが明瞭である。従つて前叙のとおり旧地上の建物を換地予定地上に移動、改築した長谷川軍二、富田武信、川西六雄、貝瀬利一は昭和三十年四月二日迄、堀部真一、石田重雄、所義雄は同年五月六日迄各旧地を使用収益したことになる。

されば、第一審被告等は本件訴状送達の翌日たること記録上明白な昭和二十八年三月七日以降建物を換地予定地上に移動した各前示の日まで旧地を不法占拠したことによつて所有者に与えた賃料相当額の損害(鑑定人早川友吉の鑑定の結果によれば坪金四十円以上なることが認められる)並びに換地予定地上に建物を移動した翌日から明渡完了に至る迄の同損害金として何れも一ケ月坪金四十円の割合による主文第一の一掲記の金員を支払う義務がある。

最後に被控訴人石田重雄に対する金員支払の請求について考えよう。

同被控訴人は本件土地につき前主に対する賃借権をもつて新所有者たる第一審原告に対抗し得るのであるから不法占拠による損害金支払義務がないことは当然である。そして予備的に賃料支払の請求をしない本件においては原判決の如く、損害金の請求が理由がなく賃貸借が存在するとすれば賃料の支払を請求する趣旨と解して、同請求を賃料請求に転換せしむるのは相当でない。即ち損害金と賃料とは発生原因を異にし、当事者の申立てざる事項につき判決をなすことになるからである。

それのみでなく、原判決は賃料として一ケ月金坪四十円の割合による支払を命じたが、前説示のとおり前主との最終の賃料は一ケ月金三百円であるから当然新所有者との間においても同額の賃料をもつて対抗し得べきである。本訴をもつて賃料増額請求に転換し得ざることは前と同断である。(同被控訴人は反撃の機会を失して増額される結果となる。)原審は客観的な鑑定に則つて定めたとしても裁判所はそこまで立入るべきでなく、当事者の協議に任せるか後の訴に譲るべきである。しかしながら当裁判所としては、この点について相手方の控訴或は附帯控訴による不服申立がないからこれ以上立入つて変更することは許されない。

よつて、第一審原告の請求は第一審被告等に対する分は全部認容すべく、被控訴人石田重雄に対する分は失当であるから、原判決を右の限度において変更することになる。

次に反訴に関する双方の控訴について審按する。

本訴について説示したとおり、被控訴人石田重雄については賃借権が認められ、第一審被告等については賃借権が認められないからこれと同趣旨の原判決は相当である。従つて第一審原告の被控訴人石田重雄に対する控訴、第一審被告等の控訴はいずれも棄却すべきものとする。

よつて、民事訴訟法第三百八十五条、第三百八十四条第一項、第九十六条、第九十五条、第八十九条、第九十三条、第九十二条、第百九十六条第一項に従つて主文のとおり判決する。

(裁判官 北野孝一 大友要助 栗田源蔵)

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